周桑物語

蚕が生まれました。
黒くて数ミリメートル程の長さです。
まるで蟻(アリ)のようです。
生まれたての蚕のことを専門用語で蟻蚕(ぎさん)ともいうそうです。
桑の葉を与えると、すぐに葉の上に登り、多分おいしく食べていると思います。
見えないので定かではありませんが・・・。
学校にも桑の木があればいいのですが、無いので、丹原高校の先生が桑の葉を摘んで学校まで持ってきてくれました。
周桑物語

愛媛県八幡浜市には蚕の卵(蚕種)の専門店があります。
愛媛蚕種株式会社といいます。
そちらに注文していた蚕の卵が到着しました。300粒です。
来週には300頭の蚕が生まれる予定です。
この蚕が本校の探究活動のシーズになることを願って、これから飼育を始めます。定期的な報告を予定しています。
乞う期待。
周桑物語

丹原高校農場のハウスでは、昨年度に桑の木を挿し木にしているとお聞きしていたので、2月に見学させていただきました。
その時にはただの枝切れを鹿沼土に挿されているだけの状態でしたが、5月になり様子を覗うと、立派な桑の葉を広げ、桑の花が咲いていました。
現在の葉の量では蚕を飼育するのには十分な量とはいえませんが、今後、十分な量の葉をたくわえてくれるよう成長するのを楽しみにしています。
東予総合高校の校章にあしらわれている桑の葉の花言葉は色々あります。
調べる限りでは「希望」・「成長」・「勤勉」・「発展」・「協力」・「共生」・「母なる愛」・「豊穣」とありました。
どれも東予総合高校にふさわしい言葉ばかりです。

周桑物語

周桑郡は周敷郡と桑村郡が合併した際に名付けられた話は前回しました。
そこで、桑村郡の「桑村」は国安にある桑村が由来だと思います。
そして、桑畑が多かったから名付けられたのだろうと考え、地図を確認しました。
すると、現在は桑畑の地図記号は見られません。
1966年-1969年の地図でも桑畑は見受けられません。
桑村郡は1878年に発足したとのことなので、それまでの地図で地図記号の変遷を見てみると、なんと1928年には桑畑だらけでした。
なるほど直観どおりの結果でした。
ただ、1898年-1906年の地図を見てみると、なんと桑畑になる所は水田です。
昔から桑畑が広がる地域だと考えていましたが、ここで直観を裏切る結果となりました。
謎です。誰かこの謎を解明してくれませんか。
#周桑物語 #桑 #地図記号 #地理 #歴史

2月12日(木)、東予高校にて職業・学科横断的学習研究の成果発表会を実施しました。小松高校(ライフデザイン科)、東予高校(電気システム科)、丹原高校(普通科・園芸科学科)の生徒・先生方が参加し、それぞれの研究成果を発表しました。小松高校は「桑の葉茶の研究」、東予高校は「周桑物語~東予高校における桑と蚕のものがたり~」、丹原高校は「桑市場、再起。」と「周桑地域の歴史を現代に~歴史の継承と地域資源の再定義~」をテーマに発表。各校の学びが一つの場に集まり、互いの視点を共有する時間となりました。数か月後には東予総合高校が開校します。本発表会は、新校で展開される「総合的な探究の時間」の一つのモデルとなる取組であったと感じています。
※この記事は、「職業・学科横断的学習研究 成果発表会」に参加・取材してくれた丹原高校3年のKさんが書いてくれました。